人手が足りないのに、仕事は減らない。誰が何をしているのか、全体が見えていない。こうした悩みを解く最初の一歩が、業務の棚卸しです。
業務の棚卸しとは、社内の業務を一つずつ書き出し、誰が、どのくらいの頻度と時間で、何を使って行っているかを見える化することです。見える化すると、重なっている業務や、特定の人しかできない業務が分かります。
この記事では、業務の棚卸しのやり方を、目的と範囲の決め方、洗い出しのシートの項目、整理と評価の観点、改善の進め方に分けて整理します。
棚卸しの後に自動化や外部の支援を検討するときの判断の基準や、棚卸しを大がかりにしなくてよいケースも取り上げます。最初の一歩を決める材料に使ってください。
業務の棚卸しとは|なぜいま必要なのか
業務の棚卸しは、在庫の棚卸しと同じように、いまある業務を数えて状態を確かめる作業です。業務改善やデジタル化を進めるときの出発点になります。
中小企業のデジタル化は進みつつあります。中小企業白書では、2023年の調査と比べて、紙や口頭の業務が中心の段階にあると答えた事業者の割合が大きく減ったとされています(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX」)。一方で、課題も残っています。中小企業白書は、デジタル化の取り組みの段階にかかわらず、共通する課題を次のように示しています。
いずれの取組段階でも「費用の負担が大きい」又は「DXを推進する人材が足りない」と回答する事業者の割合が高い。
出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX」
費用も人も限られている中で、どこから手をつけるかを決めるには、まず業務の全体を見ることが欠かせません。白書は、デジタル化が進んだ段階の例として、売上や顧客、在庫の情報をシステムで管理しながら業務フローの見直しを行っている状態を挙げています(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX」)。業務の流れを見直すには、その前に業務を書き出しておく必要があります。
情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」は、日米独の比較から、DXの取り組みを「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」へと進める方向を示しています(出典:情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025」)。部署ごとに目の前の作業だけを効率化するのではなく、会社全体の業務を見渡すことが、棚卸しの目的の一つです。
業務の棚卸しで分かること
- どの業務に、どれだけの時間がかかっているか
- 同じ情報を、何度も入力したり確認したりしていないか
- 特定の人しかできない業務(属人化)がどこにあるか
- 手作業で、決まった手順をくり返している業務はどれか
- 目的が分からないまま続いている業務はないか
業務の棚卸しの進め方|4つの手順
業務の棚卸しは、次の4つの手順で進めます。最初から全社の業務を対象にすると、書き出す人の負担が大きくなり、途中で止まりがちです。

手順1 目的と範囲を決める
まず、何のために棚卸しをするかを決めます。残業を減らしたい、担当者の退職に備えたい、デジタル化の対象を選びたいなど、目的によって見るべき項目が変わります。
範囲は、最初は一つの部署や、一つの業務の流れ(たとえば受注から請求まで)に絞ります。期間を決め、誰が書き出し、誰がまとめるかも先に決めておきます。
手順2 業務を洗い出す
担当者ごとに、行っている業務を書き出します。書き出し方をそろえるため、次の章で紹介するシートを使います。
業務の大きさをそろえることも大切です。厚生労働省の職業能力評価基準は、仕事を職種、職務、能力ユニット、能力細目という単位に分けて整理しています。職務は、おおむね1人の労働者が責任をもって行う仕事のまとまりで、1つまたは複数の課業から成るとされています(出典:厚生労働省「職業能力評価基準の構成」)。棚卸しでも、「経理」のような大きな単位ではなく、「請求書を発行する」「入金を確認する」のような、1人が担う作業の単位で書き出すと、比べやすくなります。
書き出しとあわせて話を聞く
シートに書き出してもらうだけでは、業務のつながりや、担当者が感じている困りごとが見えにくいことがあります。書き出しの後に、担当者に短い時間で話を聞きます。
- いちばん時間がかかっている業務はどれか
- 誰かを待っている時間が長い業務はどれか
- 休んだときに、ほかの人が困る業務はどれか
- やめてもよいと思う業務はあるか
話を聞く人は、担当者の上司でない人のほうが、本音を聞きやすい場合があります。
手順3 整理して評価する
書き出した業務を、次の観点で見直し、印をつけます。
- 時間:かかっている時間が大きい業務
- 重複:同じ情報を別の場所に入力している業務
- 属人化:担当者以外にできる人がいない業務
- 手作業:決まった手順をくり返している業務
- 目的:何のためにやっているかを説明できない業務
手順4 改善を決めて動かす
印をつけた業務について、改善の方向と順番を決めます。効果が大きく、手間の小さいものから始めます。改善の方向は、後の章で詳しく紹介します。
改善ごとに担当者と期限を決め、期限が来たら、棚卸しのシートに書いた時間と比べて効果を確かめます。効果が出なかった改善は、元に戻すか、別の方法を試します。小さな改善を積み重ねる進め方のほうが、社内の協力も得やすくなります。
業務の棚卸しシートの項目
洗い出しでは、全員が同じ形式で書くことが大切です。形式がそろっていれば、部署をまたいで比べたり、合計したりできます。

| 項目 | 書く内容 |
|---|---|
| 業務名 | 「請求書の発行」など、動詞で終わる名前 |
| 担当者 | 主に担当する人と、代わりにできる人 |
| 頻度と時間 | 毎日・毎週・毎月と、1回にかかる時間 |
| 使う道具 | 表計算、紙、社内のシステムなど |
| 前後の業務 | 誰から受け取り、誰に渡すか |
| 困りごと | 手間、ミス、待ち時間、属人化など |
時間は、正確に測るよりも、全員が同じ考え方で書くことを優先します。「1回あたりおよそ何分か」と「月に何回か」を書いてもらえば、月あたりの時間を計算できます。
書き出しのときに気をつけること
- 担当者を責める場にしない:棚卸しの目的は、人ではなく仕事の仕組みを見直すことだと先に伝えます。
- 例外の業務も書く:月に一度、年に一度の業務ほど、手順が担当者の頭の中にしかないことがあります。
- 書き出しの時間を確保する:通常の業務の合間だけで書かせると、抜けが多くなります。
棚卸しの後の改善|4つの方向
業務を見える化したら、改善の方向を決めます。よく使われるのが、なくす、まとめる、入れかえる、簡単にするの4つの方向で考える方法です。

| 改善の方向 | 対象になりやすい業務 | 例 |
|---|---|---|
| なくす | やめても困らない業務 | 誰も使っていない資料、目的が分からない確認 |
| まとめる | 重なっている業務 | 同じ情報の二重入力、似た会議や報告 |
| 入れかえる | 順番や担当に無理がある業務 | 待ち時間の多い流れ、担当の偏り |
| 簡単にする | 手順が多い、くり返しの業務 | 手順書の整備、定型作業の自動化 |
考える順番は、なくす、まとめる、入れかえる、簡単にするの順です。やめられる業務を自動化しても、効果は小さくなります。自動化やツールの導入は、業務の流れを整理した後に検討します。
属人化した業務への対応
特定の人しかできない業務は、手順書をつくり、代わりにできる人を育てます。棚卸しのシートの「代わりにできる人」の欄が空いている業務から優先します。手順書や育成の項目を考えるときは、厚生労働省の職業能力評価基準が参考になります。厚生労働省は、この基準を次のように説明しています。
「職業能力評価基準」とは、仕事をこなすために必要な「知識」と「技術・技能」に加えて、「成果につながる職務行動例(職務遂行能力)」を、業種別、職種・職務別に整理したものです。
出典:厚生労働省「職業能力評価基準」
近い職種の基準を開くと、その仕事に必要な知識や行動の例が並んでいます。自社の業務に合うものを選んで手順書の見出しにすると、何を教えればよいかが整理しやすくなります。
自動化を検討する業務
パソコンの画面で、決まった手順をくり返す業務は、自動化の候補になります。たとえば、システムから表計算ソフトへの転記や、定型の集計などです。パソコンの定型作業を自動化するRPAツールを検討する場合は、ツナグバ掲載の複数人で使える国産のRPAツールも比較の候補になります。
自動化の仕組みは、つくった人しか分からない状態になると、新しい属人化を生みます。誰が管理するか、変更したときに誰が確かめるかを、導入の前に決めておきます。新しいツールを入れるときは、情報セキュリティの対策もあわせて確認します。IPAは、中小企業向けに、経営者が認識すべき指針と社内で対策を実践する手順をまとめたガイドラインを公表しています(出典:情報処理推進機構(IPA)「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」)。
棚卸しの結果のまとめ方
書き出した業務は、改善の順番を決められる形にまとめます。次のようなまとめ方があります。
- 時間の大きい順の一覧:月あたりの時間を計算し、大きい順に並べます。上位の業務から改善を検討します。
- 担当者別の一覧:担当者ごとの業務の時間を合計し、偏りがないかを見ます。
- 業務の流れの図:受注から請求までのように、部署をまたぐ流れを、担当ごとに列を分けて書きます。受け渡しの回数や、待ち時間が多い場所が見えます。
まとめた結果は、書き出しに協力した社員にも共有します。自分の書いた内容がどう使われたかが分かると、次の棚卸しにも協力を得やすくなります。
業務の棚卸しでよくある失敗
- 範囲を広げすぎる:全社の業務を一度に書き出そうとして、まとめきれずに終わります。
- 書き出して終わる:一覧ができたことで満足し、改善の担当と期限を決めないまま止まります。
- 業務の大きさがそろっていない:ある人は大きな単位で、別の人は細かい作業の単位で書き、比べられなくなります。
- いきなりツールを選ぶ:業務の流れを整理する前にツールを入れ、いまの非効率な手順をそのまま載せてしまいます。
どの失敗も、目的と範囲を最初に決め、改善の担当と期限まで決めておくことで防ぎやすくなります。
改善にかかる費用と使える支援
棚卸しそのものは、社内の時間だけで進められます。費用がかかるのは、改善のためにツールを入れたり、外部の支援を受けたりする段階です。
費用は、対象の業務の範囲、ツールの利用人数、外部の支援の期間で大きく変わります。公的な相場はないため、棚卸しの結果から「月に何時間の業務を減らしたいか」を先に決め、その時間に見合う費用かどうかで比べます。
設備投資を伴う改善では、国の助成制度を使える場合もあります。厚生労働省の業務改善助成金は、次のような制度です。
業務改善助成金は、生産性向上に資する設備投資等(機械設備導入やコンサルティングなど)を行うとともに、事業場内最低賃金を一定額(各コースに定める金額)以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成するものです。
出典:厚生労働省「業務改善助成金」
助成の対象は、事業場で最も低い時間給を引き上げる事業者で、労働者がいない場合は対象外とされています(出典:厚生労働省「業務改善助成金」)。一定の要件に当てはまる場合は、パソコンやタブレットなどの端末の新規導入も対象になると案内されています(出典:厚生労働省「業務改善助成金」)。賃金の引き上げが要件になっているため、使えるかどうかは自社の状況によります。対象となる経費や申請の時期は、年度ごとに確認が必要です(出典:厚生労働省「業務改善助成金」)。中小企業白書では、業務プロセスの自動化などの省力化投資を促す支援策も紹介されています(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX」)。
判断の基準|自社で進めるか、支援を使うか
業務の棚卸しは、自社だけで進めることもできます。次の点を目安に、外部の支援を使うかどうかを判断します。
| 確かめる点 | 自社で進めやすい | 支援を検討したい |
|---|---|---|
| 対象の範囲 | 一つの部署、一つの業務の流れ | 複数の部署にまたがる |
| まとめ役 | 社内に時間をとれる人がいる | 経営者が兼務している |
| 改善の内容 | 業務をやめる、まとめる | システムの導入や自動化を伴う |
| 社内の合意 | 部署の中で決められる | 部署をまたいで調整が必要 |
経済産業省は、企業がDXに自主的に取り組むことを促すため、経営者に求められる対応をデジタルガバナンス・コードとしてまとめています(出典:経済産業省「デジタルガバナンス・コード」)。DXに関する国の資料は、経済産業省のページにまとめて掲載されています(出典:経済産業省「デジタルトランスフォーメーション(DX)」)。棚卸しの結果をもとに改善を進めるときも、現場任せにせず、経営として何を目指すのかを決めておくことが大切です。
棚卸しを大がかりにしなくてよいケース
- 社員が数人で、全員の仕事を経営者が把握している
- 困りごとがはっきりしていて、対象の業務がすでに一つに絞れている
- 業務の流れが近いうちに大きく変わることが決まっている
こうした場合は、全体の棚卸しをせず、困っている業務だけを書き出して改善しても構いません。棚卸しは目的ではなく、改善の順番を決めるための手段です。
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よくある質問
業務の棚卸しには、どのくらいの期間がかかりますか?
対象の範囲と、書き出しにかけられる時間で変わります。一つの部署の業務から始め、書き出しの期限を決めて進めると、途中で止まりにくくなります。
業務の棚卸しシートは、表計算ソフトで作ってもよいですか?
表計算ソフトで十分です。大切なのは、全員が同じ項目と同じ書き方で記入することです。項目の意味と記入例を、シートの最初に書いておきます。
社員から「仕事を減らされるのでは」と不安の声が出ませんか?
出ることがあります。棚卸しの目的が、人を減らすことではなく、手間のかかる作業を減らして本来の仕事に時間を使うことだと、始める前に伝えておきます。結果の使い方も、あわせて説明します。
業務の棚卸しは、どのくらいの頻度で行えばよいですか?
組織の変更や人の異動、新しいシステムの導入の前後は、見直しのよい機会です。一度つくったシートを更新していく形にすると、2回目からの負担は小さくなります。
棚卸しの結果を、人事評価や採用にも使えますか?
使えます。業務と必要な知識・技能が整理されていれば、役割の分担や、採用で求める人物像を決める材料になります。ただし、棚卸しの目的を最初に伝えたときと使い方が変わる場合は、あらためて社員に説明します。
