社員が退職するとき、顧客の名簿や見積もりの資料、技術の情報を持ち出されないか不安に感じる経営者や管理職は少なくありません。持ち出しは退職の直前に起こりやすく、気づいたときには相手が社外にいる、ということもあります。

この記事では、退職者による情報の持ち出しを防ぐ対策を、在職中にできること、退職が決まってからの手順、退職後の対応に分けて整理します。営業秘密や個人情報に関する法律の考え方、チェックリスト、やりすぎにならないための注意点もまとめました。

退職者による情報の持ち出しは、身近なリスク

情報漏えいというと、外部からのサイバー攻撃を思い浮かべがちです。しかし、営業秘密の漏えいでは、社内の人、特に退職者が関わる例が多く見られます。

情報処理推進機構(IPA)の調査では、営業秘密の漏えいのルートとして、中途退職者による漏えいが36.3%で最も多い結果でした(出典:情報処理推進機構(IPA)「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」報告書について)。同じ調査で、誤操作や誤認などによる漏えいは21.2%でした(出典:情報処理推進機構(IPA)「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」報告書について)。

持ち出しの手段は、紙の資料の持ち帰りだけではありません。USBメモリへの保存、個人のメールやクラウドの保存場所への送信、スマートフォンでの画面の撮影など、さまざまな方法があります。パソコンやクラウドで仕事をする会社ほど、紙だけを管理しても防げない状態になっています。

持ち出す本人に悪意があるとは限りません。「自分が作った資料だから」「次の職場で参考にしたい」という軽い気持ちで持ち出す例もあります。どの情報を持ち出してはいけないのかを、在職中から明確にしておくことが対策の出発点になります。

守りたい情報と、法律上の考え方

会社が守りたい情報は、法律上の扱いによって大きく2つに分けて考えると整理しやすくなります。営業秘密と、個人情報です。

営業秘密として守るための条件

不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定めています(出典:e-Gov法令検索「不正競争防止法」)。つまり、秘密として管理されていること、事業に役立つこと、公に知られていないことの3つを満たす必要があります。

この中で、中小企業が特に気をつけたいのが、秘密として管理されていることです。経済産業省の指針は、次のように説明しています。

秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有者の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。

出典:経済産業省「営業秘密管理指針」

社内で誰でも見られる場所に置き、「秘密」とも示していない情報は、持ち出されても営業秘密として守られない可能性があります。資料に「社外秘」と表示する、保存場所の閲覧を限る、といった管理が、法律上の保護を受けるための前提になります。

個人情報は、会社に安全管理の義務がある

顧客や取引先の担当者の名前、連絡先などの個人情報について、個人情報保護法は、会社に個人データの漏えいなどを防ぐための安全管理措置を求めています(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。あわせて、個人データを扱う従業者に対して、必要かつ適切な監督を行うことも定めています(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。

さらに、個人データの漏えいなどのうち、個人の権利利益を害するおそれが大きいものとして規則で定める事態が起きたときは、個人情報保護委員会への報告が必要です(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。退職者による顧客名簿の持ち出しは、会社の損害だけでなく、こうした法律上の対応が必要になる場合があります。

情報の種類ごとの考え方

守りたい情報を種類ごとに整理すると、次のようになります。

情報の種類例主な根拠会社が備えること
営業秘密原価、仕入れ先、製造の手順、顧客ごとの取引条件不正競争防止法秘密であることの表示、閲覧の制限
個人情報顧客や取引先の担当者の名前、連絡先個人情報保護法安全管理措置、従業者の監督
それ以外の社内情報会議の資料、社内の手順書就業規則、誓約書持ち出してよい範囲の明確化

どの種類に当たるかで、問題が起きたときの対応も変わります。まずは自社の情報を、この3つのどれに当たるかで分けてみてください。

在職中からできる対策

退職が決まってから慌てて対策を始めても、間に合わないことがあります。在職中からの仕組みづくりが、持ち出しを防ぐ土台になります。

総務省の令和7年通信利用動向調査による、企業が実施しているセキュリティ対策の上位5項目(端末へのウイルス対策81.8%、IDとパスワードによるアクセス制御60.5%、サーバへのウイルス対策60.2%、社員教育54.6%、ファイアウォール51.8%)を示した棒グラフ

総務省の調査で、企業が実施しているデータセキュリティやウイルスへの対応では、パソコンなどの端末へのウイルス対策ソフトの導入が81.8%で最も多く、IDとパスワードによるアクセス制御が60.5%、社員教育が54.6%でした(出典:総務省「令和7年通信利用動向調査報告書(企業編)」)。外部からの攻撃への備えに比べ、社内の人による持ち出しへの備えは、自社で意識して整える必要があります。

情報を区分し、見られる人を限る

まず、社内の情報を重要度で分けます。顧客名簿、原価や見積もりの情報、技術の資料など、外に出ると困る情報を洗い出し、保存場所と見られる人を決めます。業務に必要な人だけが見られる状態にしておけば、持ち出せる人の数そのものが減ります。

就業規則と誓約書で、ルールを明確にする

秘密を守る義務は、就業規則に書いておきます。厚生労働省のモデル就業規則は、社員が守るべき事項として、次の内容を挙げています。

在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏洩しないこと。

出典:厚生労働省「モデル就業規則」

モデル就業規則は、異動や退職の際に、管理していたデータや書類を速やかに返却することも定めています(出典:厚生労働省「モデル就業規則」)。入社時と退職時に、秘密を守ることを確認する誓約書を取ると、どの情報が対象かを本人に伝える機会になります。経済産業省の指針も、退職する社員に対して、顧客情報を漏えいしないことを誓約させる例を挙げています(出典:経済産業省「営業秘密管理指針」)。

パソコンと記録媒体の使い方を決める

USBメモリの使用、個人のメールやクラウドの保存場所への送信、私物のスマートフォンでの業務データの扱いについて、使ってよい範囲を決めます。ルールだけで守れない部分は、ソフトウェアで制限する方法もあります。

操作の記録を残し、そのことを周知する

ファイルの持ち出しや送信の記録を残しておくと、問題が起きたときに事実を確かめられます。記録が残ることを社員に伝えておくと、持ち出しを思いとどまらせる効果も期待できます。例えば、セキュリティ対策とログ管理のソフトウェアのように、パソコンのセキュリティ対策と操作ログの管理を行うものがあります。

社員の操作を記録・確認する場合は、やり方に注意が必要です。個人情報保護委員会は、従業者を対象としたモニタリングを行う場合の留意点として、目的をあらかじめ特定して社内規程などに定め、従業者に明示すること、責任者と権限を定めること、実施のルールを作って運用者に徹底すること、ルールどおりに行われているかを確認することを挙げています(出典:個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」)。

退職が決まってからの対策

退職の申し出から退職後までは、時期ごとにやることが変わります。次の流れで進めると、漏れを防ぎやすくなります。

退職が決まってからの情報持ち出し対策を、退職の申し出、引き継ぎの期間、最終出社日、退職後の4つの時期に分けて示した図

退職の申し出を受けたとき

本人が扱っている情報と、使っているシステムやアカウントを洗い出します。引き継ぎの計画を立て、どの資料を誰に渡すかを決めます。この時期から、大量のダウンロードや送信がないかを、ルールに沿って確認します。

引き継ぎの期間

引き継ぎの資料は、会社の共有の保存場所にまとめてもらいます。本人のパソコンや個人の保存場所に残っている業務データがないかも確認します。取引先には、担当の交代を会社から連絡します。

最終出社日

会社が貸し出したパソコン、スマートフォン、記録媒体、書類、入館証を返してもらいます。あわせて、システムやクラウドのアカウントを止めます。IPAのガイドラインは、次のように示しています。

異動又は退職により不要となった利用者ID及びアクセス権は、ただちに削除しなければならない

出典:情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン」

アカウントの停止は、人事の手続きと連動させないと漏れが出やすくなります。ガイドラインも、利用者IDとアクセス権の登録・変更・削除の手続きを、人事異動の手続きと連携して運用することを勧めています(出典:情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン」)。共用のパスワードを使っていたサービスは、パスワードを変更します。

退職後

退職後しばらくは、取引先から元社員について問い合わせがないか、顧客の動きに変化がないかに注意します。返却されたパソコンは、すぐに初期化せず、一定の期間は保管しておくと、後で確認が必要になったときに役立ちます。

同業の会社への転職や独立を制限する取り決めは、対象の範囲や期間によって有効性が問題になることがあります。結ぶかどうか、どんな内容にするかは、専門家に相談したうえで決めてください。秘密を守る約束と、転職先を制限する約束は、分けて考えると整理しやすくなります。

退職時のチェックリスト

退職の手続きのたびに同じ確認ができるよう、チェックリストにしておきます。

退職時のチェックリストとして、誓約書、端末の回収、業務データの確認、アカウント停止、パスワード変更、取引先への連絡、操作記録の確認、端末の保管の8項目を示した図
  • 秘密を守ることを確認する誓約書を取ったか
  • 会社が貸し出した端末、記録媒体、書類、入館証を回収したか
  • 本人のパソコンや個人の保存場所に業務データが残っていないか確かめたか
  • システム、クラウド、メールのアカウントを止めたか
  • 共用のパスワードを変更したか
  • 取引先に担当の交代を連絡したか
  • 退職前の一定期間の操作の記録を、ルールに沿って確認したか
  • 返却された端末を、初期化せずに一定期間保管しているか

持ち出しが疑われるときの対応

持ち出しが疑われる場合は、事実を確かめる前に本人を問い詰めないことが大切です。記録が消されたり、言い分が変わったりするおそれがあります。

まず、操作の記録や端末を保全します。IPAのガイドラインは、退職者などのアカウントについて、利用者IDをロックしてアクセスできない状態にしたうえで、ログを保全する必要があるとしています(出典:情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン」)。端末の電源を何度も入れたり、ファイルを開いたりすると、記録が書き換わることがあるため、扱いには注意します。

持ち出された情報に個人データが含まれる場合は、個人情報保護委員会への報告や本人への通知が必要になることがあります(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。営業秘密の持ち出しが疑われる場合も含め、早い段階で弁護士などの専門家に相談してください。

対策の費用と、やりすぎに注意したい点

費用の考え方

就業規則の見直し、誓約書の整備、アカウント停止の手順づくりは、大きな費用をかけずに始められます。ソフトウェアを使う場合は、管理するパソコンの台数、記録する操作の範囲、記録の保存期間、管理の手間によって費用が変わります。比べるときは、初期費用と月額費用に加え、記録を確認する担当者の時間も含めて考えます。

やりすぎに注意したい点

対策を強めすぎると、社員が不信感を持ったり、業務がしにくくなったりします。次のような場合は、仕組みを入れる前に運用を見直したほうがよいことがあります。

  • 守るべき情報が決まっていないまま、全社員の操作をすべて記録しようとしている
  • 記録をとっても、確認する担当者や手順が決まっていない
  • 社員に記録の目的や範囲を説明していない

経済産業省の秘密情報の保護ハンドブックのように、国も中小企業が使える資料を公開しています(出典:経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」)。自社に必要な対策の範囲を決めるときの参考にしてください。

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ツナグバで、情報漏えい対策のサービスを比べる

ツナグバは、法人向けサービスを無料で探し、複数のサービスの資料をまとめて請求できるサイトです。

ITツール・SaaSの分野では、パソコンのセキュリティ対策と操作ログの管理を行うソフトウェアを掲載しています。退職者による持ち出しの対策として、操作の記録を残したい場合の選択肢になります。

管理するパソコンの台数、守りたい情報の種類、記録を確認する担当者を整理したうえで、資料で詳細を確かめてください。

こんな課題があれば

  • 社員のパソコンで何が行われているか把握できていない
  • 情報漏えいが起きたとき、原因を調べる手がかりがない
  • セキュリティ対策が個人任せになり、対策の状況がばらばらになっている

掲載サービスでできること

  • パソコンの操作記録(ログ)を残せる:ファイルの持ち出しや操作の記録を残し、あとから確認できます。問題が起きたときの調査に使えます。
  • 不審な操作に気づくきっかけを作れる:この種のソフトウェアには、決めたルールに合わない操作を知らせる機能を持つものがあります。機能の範囲は製品によって違うため、資料で確認してください。
  • 社内のパソコンをまとめて管理できる:対策の状況を管理画面でまとめて確認できるものが一般的です。担当者が一台ずつ見て回る手間を減らせます。

資料で確かめたいこと

  • パソコンの台数ごとの料金と、初期費用の有無
  • 今使っているOS(基本ソフト)やウイルス対策ソフトとの相性
  • ログの保存期間と、保存先(社内かクラウドか)
  • 社員への説明や、導入時の設定支援があるか
  • 契約期間と、台数を増減するときの条件

ほかの分野のサービスも見る

よくある質問

退職者に誓約書への署名を断られたら、どうすればよいですか?

署名を無理に求めることはできません。在職中から就業規則で秘密を守る義務を定め、周知しておくことが重要です。誓約書は入社時にも取っておくと、退職時に断られた場合の備えになります。

退職者が自分で作った資料を持ち出すのは問題ですか?

業務として作った資料は、原則として会社の情報です。就業規則や誓約書で、業務で作った資料も持ち出してはいけないことを明確にしておきます。

社員の操作の記録をとってもよいですか?

目的を決めて社内規程などに定め、社員に明示したうえで行うことが求められます。記録をとる責任者と権限、確認の手順も決めておきます。

退職者のアカウントは、いつ止めればよいですか?

最終出社日に止めるのが基本です。引き継ぎに必要な場合でも、使える範囲を必要最小限に絞り、止める日をあらかじめ決めておきます。

テレワークの社員が退職する場合は、何に注意すればよいですか?

自宅で使っていた会社の端末や書類の回収を、最終出社日より前に日程を決めて進めます。私物のパソコンやスマートフォンで業務データを扱っていた場合は、データの削除を確認する方法も、あらかじめルールにしておきます。

参考資料