空調の故障や外壁の劣化が急に見つかり、予定していなかった修繕費が出ていく。ビルや工場、店舗などの事業用の建物を持つ会社では、よくある悩みです。

こうした突然の出費を減らし、修繕の時期と費用を前もって見通すための道具が「長期修繕計画」です。マンションでは国のガイドラインがよく知られていますが、事業用の建物でも考え方は同じように使えます。

この記事では、事業用のビルや建物を管理する会社に向けて、長期修繕計画の作り方を、国の施設の保全計画の考え方も参考にしながら整理します。計画に盛り込む項目、作成の手順、法定の点検とのつなげ方、見直しのタイミング、費用の考え方まで順に解説します。

長期修繕計画とは|事業用ビルで作る意味

長期修繕計画とは、建物のどの部分を、いつ、どのくらいの費用で修繕・更新するかを、何十年かの期間にわたって一覧にした計画です。建物の価値と機能を保ちながら、修繕にかかるお金を前もって準備するために作ります。

国の庁舎などでは、同じ考え方の計画を「中長期保全計画」と呼んでいます。国土交通省は、中長期保全計画を、建物の状況に応じて中長期の保全の実施内容、予定年度、概算額を示したものと説明しています(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。

国の建物について定めた保全の基準は、計画的な保全の必要性を次のように示しています。民間の建物に直接かかる決まりではありませんが、考え方は事業用のビルにもそのまま当てはまります。

各省各庁の長は、建築物の営繕又は附帯施設の建設をした際の性能に応じ、通常の使用における劣化、摩耗等の状況を勘案して、その所管に属する建築物及びその附帯施設(以下「建築物等」という。)を計画的かつ効率的に保全しなければならない。

出典:国土交通省「国家機関の建築物及びその附帯施設の保全に関する基準」

国の施設では、中長期保全計画の作成が進んでいます。令和7年度の調査では、対象の施設の99.9%で作成が終わり、未作成は4施設とされています(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。

マンションのガイドラインとの関係

長期修繕計画の作り方として最もよく参照されるのは、国土交通省の「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン」です。最新の改訂は2024年6月7日です(出典:国土交通省「マンション管理」)。このガイドラインは分譲マンションの管理組合に向けたものですが、計画の期間や見直しの考え方は事業用の建物でも参考になります。

たとえば、ガイドラインの標準様式では、計画の期間を30年以上で、かつ大規模な修繕工事が2回含まれる期間以上としています(出典:国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント」)。事業用の建物では、建物を使い続ける予定の年数や、建て替え・売却の方針に合わせて期間を決めます。

計画がないと何が起きるか|建物の劣化の実態

建物は、使っていなくても年数とともに劣化します。計画がないと、壊れてから直す対応になり、費用も業務への影響も大きくなりがちです。国土交通省も、日本の社会資本は今後、老朽化した施設の割合が急速に増えると見込んでいます(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。

国の庁舎等の外壁の状況を、良好54.2%、老朽化等の兆候44.3%、著しい支障1.5%で示した棒グラフ

国の庁舎などの状況を見ると、劣化は身近な問題です。令和7年度の調査では、庁舎等の外壁について、良好な施設は54.2%、老朽化などの兆候が見られる施設は44.3%、著しい支障が見られる施設は1.5%でした(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。同じ調査では、外壁が良好な施設の割合は直近の5年間でおおむね減る傾向にあるとされています(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。

計画的に点検と保全をしている国の施設でも、半分近くで外壁に老朽化などの兆候が見られるということです。民間の事業用の建物でも、計画がなければ、劣化に気づくのが遅れるおそれがあります。

計画がないときに起きやすいことは、次のとおりです。

  • 設備が突然止まり、営業や操業が止まる
  • 修繕の費用が一度に重なり、資金の手当てが間に合わない
  • 外壁の落下などで、第三者にけがをさせるおそれがある
  • テナントの退去や、建物の評価の低下につながる

長期修繕計画に盛り込む項目

国の保全計画の手引きは、中長期保全計画について、建物の状況に応じて保全の実施内容、予定年度、概算額を部分ごとに設定し、全体を作るとしています(出典:国土交通省「国家機関の建築物等における保全計画作成の手引き」)。事業用のビルでも、次の項目を部位ごとに整理するのが基本です。

長期修繕計画に盛り込む7つの項目(建物の基本情報、対象の部位、修繕・更新の内容、実施の予定年度、概算の費用、履歴、見直しの予定)をまとめた表
項目内容
建物の基本情報所在地、構造、階数、延べ面積、竣工の年月、用途
対象の部位屋根・屋上の防水、外壁、窓や扉、内装、空調、給排水、電気、昇降機、防災の設備など
修繕・更新の内容補修、部分的な交換、全面的な更新などの工事の内容
実施の予定年度前回の工事の時期と、修繕の周期から割り出した年度
概算の費用工事ごとの概算額と、年度ごとの合計
修繕・点検の履歴過去の工事、点検、故障の記録
見直しの予定次に計画を見直す時期と、見直しのきっかけ

マンションのガイドラインでも、推定修繕工事の項目、修繕の周期、工事の費用、収支の計画などを計画の要素として示しています(出典:国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント」)。事業用の建物では、これに加えて、テナントの営業や自社の操業への影響、工事のできる時間帯も書いておくと、実際の工事の計画に移しやすくなります。

長期修繕計画の作り方|6つの手順

長期修繕計画は、次の6つの手順で作ります。最初から完ぺきを目指すより、まず全体の形を作り、見直しのたびに精度を上げていくほうが進めやすくなります。

長期修繕計画の作り方を、情報と履歴を集める、劣化を調べる、項目と周期を決める、費用を見積もる、年度ごとに並べる、見直しの時期を決めるの6つの手順で示した図

手順1:建物の情報と履歴を集める

竣工時の図面、設備の一覧、これまでの修繕の記録、点検の報告書を集めます。設備は、機器の種類、型式、設置の年を一覧にしておくと、更新の時期を割り出しやすくなります。記録が散らばっている場合は、この作業がいちばん時間のかかる部分です。

手順2:劣化の状況を調べる

書類だけでなく、現地で建物と設備の状態を確かめます。外壁のひび割れや浮き、屋上の防水の傷み、設備の異音やさびなどを見ます。専門的な判断が必要な部分は、建築士や設備の専門家に調査を頼みます。

手順3:修繕の項目と周期を決める

部位ごとに、どんな工事を、何年ごとに行うかを決めます。周期は、材料や設備の種類、使い方、立地の条件で変わります。メーカーの推奨や専門家の意見を参考にし、調査で分かった劣化の状況に合わせて前後させます。

手順4:費用を見積もる

工事ごとに概算の費用を見積もります。過去の工事の実績や、専門の業者の見積もりを参考にします。足場や仮設の費用、工事中の仮の設備の費用、設計や工事の監理の費用など、工事そのもの以外の費用も含めておきます。

手順5:年度ごとに並べ、資金の計画と照らす

工事を年度ごとに並べ、毎年の費用の合計を出します。特定の年に費用が集中する場合は、劣化の状況を見ながら工事の時期をずらしたり、まとめて行うと効率がよい工事を同じ年にそろえたりします。足場を使う外壁と屋上の工事を同じ時期に行うと、仮設の費用を抑えやすくなります。

手順6:見直しの時期を決める

計画は作って終わりではありません。次に見直す時期と、見直すきっかけを決めて計画に書いておきます。見直しの考え方は、次の章で詳しく扱います。

図面や点検の記録、修繕の履歴が紙やファイルで散らばっていると、計画づくりも見直しも手間がかかります。建物の点検や修繕の記録をまとめて管理したい場合は、ツナグバ掲載の建物管理をデジタル化するクラウドサービスも比較の候補になります。

法定の点検・調査と計画をつなげる

事業用の建物では、法律で決められた点検や調査があります。これらの結果を計画に反映させると、計画の精度が上がります。

建築基準法第12条は、特定行政庁が指定する建築物の所有者(所有者と管理者が異なる場合は管理者)に、定期に、建築士などの資格者に敷地、構造、建築設備の状況を調査させ、結果を特定行政庁に報告することを求めています(出典:国土交通省「定期報告制度に係る関係条文等」)。調査には、損傷や腐食などの劣化の状況の点検も含まれます(出典:国土交通省「定期報告制度に係る関係条文等」)。

建物そのものの調査とは別に、昇降機や、昇降機以外の建築設備、防火設備についても、定期の検査と報告の仕組みがあります(出典:国土交通省「建築基準法第12条に基づく定期報告制度の見直しのポイント」)。これらの報告書は、設備ごとの劣化や不具合を知る手がかりになります。報告書を受け取ったら、指摘された内容を計画の修繕項目と照らし合わせ、時期を早める必要がないかを確かめます。

外壁のタイルなどの調査については、国土交通省の資料で次のように示されています。外壁は落下すると人に危険が及ぶため、計画の中でも優先度の高い部位です。

手の届く範囲を打診、その他を目視で調査し、異常があれば全面打診等により調査し、 加えて竣工、外壁改修等から 10 年を経てから最初の調査の際に全面打診等により調査

出典:国土交通省「建築基準法第12条に基づく定期報告制度の見直しのポイント」

竣工や外壁の改修から10年を過ぎた建物では、全面的な打診などの調査の時期を計画に入れておく必要があります。調査の結果、補修が必要な範囲が分かれば、外壁の修繕の時期と費用を見直す材料になります。

国の施設では、敷地と構造の点検は3年以内ごと、建築設備の点検は1年以内ごとに行うこととされています(出典:国土交通省 大臣官房官庁営繕部「国家機関の建築物等の保全の現況」(令和8年3月))。民間の建物で求められる点検の周期は、建物の用途や規模、所在する自治体の定めによって違うため、所管の特定行政庁の案内で確かめてください。

見直しのタイミングとポイント

長期修繕計画は、建物の実際の状態や物価の動きに合わせて、定期的に直す必要があります。国の保全計画の手引きは、見直しについて次のように定めています。

中長期保全計画は、5年以内ごとに見直しを行うほか、大規模な修繕が行われた後その他必要があるときは見直しを行う。

出典:国土交通省「国家機関の建築物等における保全計画作成の手引き」

マンションのガイドラインでも、長期修繕計画と修繕積立金の額を、5年程度ごとに見直す規定を定めることが望まれるとしています(出典:国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント」)。事業用の建物でも、5年ほどを目安に、次のようなきっかけで見直します。

  • 大規模な修繕や、設備の更新を終えたとき
  • 法定の調査や点検で、想定より早い劣化が見つかったとき
  • 工事の費用の相場が大きく変わったとき
  • 建物の用途やテナントの構成が変わったとき
  • 建て替えや売却など、建物を使い続ける年数の方針が変わったとき

見直しのときは、計画どおりに工事ができたか、費用は見込みとどれだけ違ったかを振り返ります。差が大きかった項目は、周期や単価の見積もり方を直します。

費用の考え方|作成の費用と修繕の資金

長期修繕計画にかかわる費用は、計画を作る費用と、計画にもとづく修繕の費用の2つに分けて考えます。

計画を作る費用は、建物の規模、図面や記録がどこまでそろっているか、現地の調査の範囲、外部の専門家に頼む範囲で変わります。記録がそろっていない建物ほど、調べる手間がかかり、費用が増える傾向があります。金額は、複数の依頼先の見積もりで確かめるのが確実です。

修繕の費用は、計画で出した年度ごとの金額をもとに、毎年どれだけ準備しておくかを決めます。マンションの修繕積立金のような仕組みは事業用の建物にはないため、会社の資金の計画や予算の中に、修繕の費用をどう組み込むかを経理の担当者と決めておきます。

国の施設では、中長期保全計画を作るのが難しい場合、施設の区分、構造、階数、延べ面積、建築の年月などの基本的な情報をもとにした簡易な計画で代えられるとされています(出典:国土交通省「国家機関の建築物等における保全計画作成の手引き」)。小さな建物で詳しい調査の費用をかけにくい場合は、まず簡易な計画を作り、見直しのたびに詳しくしていく方法もあります。

自社で作るか、外部に頼むか

長期修繕計画は、自社で作ることも、建築士事務所や建物の管理会社などに頼むこともできます。次の点を目安に判断します。

  • 自社で作りやすい場合:建物が小さく構造が単純、設備の種類が少ない、図面や修繕の記録がそろっている、建物に詳しい担当者がいる
  • 外部に頼んだほうがよい場合:建物が大きい、設備が多い、築年数がたち劣化の判断が難しい、記録がそろっていない、複数の建物をまとめて管理している

外部に頼む場合でも、計画を使うのは自社です。前提とした条件、周期や単価の根拠、見直しの方法を説明してもらい、社内で更新できる形で受け取ります。

詳しい計画を作らなくてもよいケース

数年のうちに建て替えや売却、賃貸借の終了が決まっている建物では、30年の計画を作っても使い道がかぎられます。その場合は、残りの期間に必要な安全面の修繕と、法定の点検・調査にしぼった短期の計画で足りることがあります。借りている建物では、修繕の負担の範囲を契約で確かめるほうが先です。

よくある質問

事業用のビルに、長期修繕計画を作る義務はありますか?

民間の事業用の建物について、長期修繕計画の作成そのものを一律に義務づける決まりはありません。ただし、建築基準法の定期報告など、建物の状態を調べる決まりはあります。修繕の時期と費用を見通すために、計画を作っておくことが勧められます。

計画の期間は何年にすればよいですか?

マンションのガイドラインでは30年以上が目安とされています。事業用の建物では、建物を使い続ける予定の年数に合わせ、大きな設備の更新が少なくとも一巡する期間を目安にすると、費用の山を見落としにくくなります。

どのくらいの頻度で見直せばよいですか?

国の保全計画の手引きでは5年以内ごと、マンションのガイドラインでは5年程度ごとの見直しが示されています。あわせて、大規模な修繕の後や、想定外の劣化が見つかったときにも見直します。

表計算ソフトで管理しても問題ありませんか?

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