会社の方針はあるのに、社員に伝わっていない。判断に迷ったとき、何を基準にすればよいか分からない。事業を引き継ぐにあたり、会社が大切にしてきたことを言葉にしておきたい。経営理念の作り方を調べる方の多くは、こうした場面にいます。

経営理念は、立派な言葉を並べれば完成するものではありません。会社の実際の判断や行動とつながって、はじめて役に立ちます。

この記事では、経営理念の作り方を6つの手順で整理します。企業理念やビジョンとの違い、中小企業白書のデータから見た策定と浸透の現状、良い理念の条件、社員に浸透させる方法、見直すタイミングまでをまとめました。

外部の支援を使うべきか、自社で作れるかの判断の目安も紹介します。

経営理念とは|企業理念・ビジョン・行動指針との違い

経営理念とは、会社が何のために事業を行い、何を大切にして経営するのかを言葉にしたものです。経営の判断の軸であり、社員が迷ったときに立ち返る基準にもなります。

経営理念は、法律で作成が義務づけられたものではありません。株式会社の定款には「目的」を記載しなければなりませんが(出典:e-Gov法令検索「会社法」)、この「目的」は会社が行う事業の内容を示すもので、経営理念とは役割が異なります。

経営理念と似た言葉は多く、会社によって使い方もさまざまです。一般的な使い分けの目安は次のとおりです。

言葉主な意味例のイメージ
経営理念経営の目的と、大切にする考え方何のために、どんな姿勢で経営するか
企業理念会社そのものの存在意義や価値観会社が社会に存在する理由
ビジョン目指す将来の姿数年後にどうなっていたいか
行動指針(バリュー)社員の日々の行動の基準迷ったときにどう動くか
経営方針・経営戦略理念やビジョンを実現する方法何に力を入れ、何をしないか

大切なのは、言葉の定義を厳密に分けることより、自社の中で意味をそろえることです。「理念」「ビジョン」「行動指針」の3つを、上から順につながる形で整えると、社員にも伝わりやすくなります。

中小企業の経営理念の現状|定めている会社は約9割

中小企業白書は、経営理念・ビジョンの策定と浸透について分析しています。経営理念・ビジョンを定めている企業は約9割で、明文化していない企業は1割程度とされています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。

中小企業白書が示す、経営理念・ビジョンの策定、従業員の理解、自律的な行動への結びつき、事業承継を機にした策定などの状況をまとめた表

一方で、浸透には課題があります。経営理念・ビジョンについて従業員が理解している企業は8割以上ですが(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)、白書は次のように指摘しています。

他方で、従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割を下回っており、第2条件である「共有」すなわち組織における浸透を課題とする企業は少なくないと推察される。

出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」

ここでいう第1条件は「明確さ」、第2条件は「共有」です。白書は、優れた経営理念・ビジョンの条件として、組織の中できちんと理解されていることと、組織の成員が賛同し浸透していることを挙げています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。

つまり、多くの会社は理念を「作る」段階は終えていても、社員の行動につながる「共有」までは届いていません。経営理念の作り方を考えるときは、作ったあとに浸透させるところまでを最初から設計しておくことが大切です。

同じ白書のまとめでは、全社的に浸透している企業では、経営理念・ビジョンが従業員の自律的な働き方の実現に寄与し、経営判断のより所となっていることが確認されたとしています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第5節 まとめ」)。

経営理念を作る目的とメリット

経営理念を作る目的は、大きく3つあります。

  • 判断の軸をそろえる:経営者がいないところでも、社員が同じ基準で判断できるようになります。
  • 社員の行動を一つの方向にまとめる:部署ごとにばらばらだった取り組みを、同じ目的に向けやすくなります。
  • 社外に会社の考え方を伝える:採用の場面や取引先との関係で、会社が大切にしていることを示せます。

国も、企業理念と人材の関係に注目しています。経済産業省は、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営を「人的資本経営」と呼んでいます(出典:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」)。その考え方をまとめた報告書は、次のように述べています。

各社がそれぞれ企業理念や存在意義(パーパス)まで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、人材戦略を変革させる必要。

出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」

理念を起点に採用や育成を考えるという点は、会社の規模を問わず参考になります。採用、育成、評価がばらばらに進んでいる会社ほど、理念を軸に整理し直す効果は大きくなります。

経営理念の作り方|6つの手順

経営理念は、経営者が一人で言葉を考えるより、材料を集めてから言葉にするほうが、実態に合ったものになります。次の6つの手順で進めます。

経営理念の作り方を、歴史の振り返り、社員とお客様の声の収集、価値観の言語化、短い文章へのまとめ、社員の意見による修正、ビジョンと行動指針への落とし込みの6つの手順で示した図

手順1:創業の経緯と、会社の歴史を振り返る

なぜこの事業を始めたのか、困難をどう乗り越えてきたのか、お客様に感謝された出来事は何かを書き出します。創業者や長く働いている社員に話を聞くのも有効です。

すでに先代の経営者が掲げた理念がある場合は、その言葉の背景も確かめます。白書では、現経営者が経営理念・ビジョンを策定した企業と、歴代経営者の理念を継承している企業が、それぞれ約5割とされています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。

手順2:社員とお客様の声を集める

社員へのアンケートや面談で、会社の良いところ、仕事で大切にしていること、会社に期待することを聞きます。お客様や取引先に、なぜ自社を選んでいるのかを聞くと、自社の強みが見えてきます。

経営者の思いだけで作った理念は、社員から「自分たちとは関係ない言葉」と受け止められがちです。声を集める段階から社員に関わってもらうと、浸透の土台にもなります。

手順3:大切にしている価値観を言葉にする

集めた材料から、繰り返し出てくる言葉や考え方を拾い出します。「誠実」「挑戦」「地域」「品質」など、候補の言葉を並べ、自社らしいものを3つ程度に絞ります。

白書によると、複数のステークホルダーを意識した経営理念・ビジョンを掲げる企業が8割以上を占めています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。お客様、社員、取引先、地域社会のうち、誰に対して何を約束するのかを考えると、言葉を選びやすくなります。

手順4:短い文章にまとめる

価値観をもとに、経営理念の文章を作ります。社員が覚えられる長さにし、誰が読んでも同じ意味に受け取れる言葉を選びます。業界の専門用語や、意味の広すぎる言葉ばかりにならないよう注意します。

案は1つに絞らず、表現を変えたものを複数作ります。声に出して読み、言いにくい部分や意味が通りにくい部分を直します。

手順5:社員に見てもらい、意見を聞いて直す

案ができたら、幹部や社員に見てもらいます。賛成か反対かよりも、「一度読んで意味が分かるか」「自分の仕事とつながるか」を聞くと、改善点が見つかります。

手順6:ビジョンと行動指針に落とし込む

最後に、経営理念をもとに、目指す将来の姿(ビジョン)と、日々の行動の基準(行動指針)を決めます。理念が抽象的でも、行動指針が具体的であれば、社員は日々の仕事で理念を実践しやすくなります。

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経営理念の例文の考え方|3つの型

言葉にするのが難しいときは、型にあてはめて下書きを作ると進めやすくなります。次の3つは、よく使われる組み立て方の例です。会社名や実在の理念ではなく、考え方を示すための例文です。

型組み立て方例文のイメージ
約束型誰に、何を約束するか私たちは、確かな技術で、お客様の毎日の仕事を支え続けます。
姿勢型どんな姿勢で仕事に向き合うか誠実に向き合い、挑戦を楽しみ、地域とともに成長します。
存在意義型社会の中で果たす役割は何かものづくりの技術を次の世代へつなぎ、まちの暮らしを豊かにします。

例文をそのまま使うのではなく、手順1から3で集めた自社の言葉に置きかえることが大切です。どの型でも、「私たちらしいか」「社員が自分の仕事と結びつけて説明できるか」を確かめながら直していきます。

良い経営理念の条件|チェックリスト

作った経営理念が使えるものになっているかは、次の項目で確かめます。

良い経営理念の条件を、覚えられる長さ、同じ意味に受け取れる、自社の強みとの結びつき、判断の基準として使えるなど8項目で示したチェックリスト
  • 社員が覚えられる長さになっている
  • 誰が読んでも同じ意味に受け取れる
  • 自社の歴史や強みと結びついている
  • お客様や社員など、誰に何を約束するのかが分かる
  • 他社の理念と入れ替えても通じる、ありきたりな言葉になっていない
  • 経営の判断に迷ったとき、選ぶ基準として使える
  • 社員が自分の仕事と結びつけて説明できる
  • 経営者自身が、言葉どおりに行動できる

特に最後の項目は大切です。経営者の行動が理念と食い違っていると、社員は理念を信じなくなります。理念を掲げる前に、経営者自身が守れる言葉かを確かめてください。

経営理念を社員に浸透させる方法

経営理念は、作ったあとが本番です。額に入れて飾るだけでは、社員の行動にはつながりません。

2025年版の中小企業白書では、組織運営の透明性に関する取組のうち「従業員への経営理念・ビジョンの共有」には約7割が取り組んでいるとされています(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第2部第1章第2節 経営の透明性・開放性」)。白書は、この共有によって従業員のモチベーションが高まり、売上高の増加につながっている可能性があるとも分析しています(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第2部第1章第2節 経営の透明性・開放性」)。

浸透させる方法として、次のようなものがあります。

  1. 経営者が自分の言葉で、繰り返し語る:朝礼や会議で、理念にもとづいて判断した具体例を話します。
  2. 日々のコミュニケーションで触れる:白書では、全社的に浸透している企業は「従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう」に5割以上が取り組んでいるとされています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。
  3. 採用の基準に入れる:理念に共感できる人かどうかを、面接で確かめます。
  4. 評価や表彰とつなげる:理念にそった行動を、評価の項目や表彰の理由に入れます。
  5. 事例を集めて共有する:理念を実践した社員の行動を、社内報や会議で紹介します。

浸透には時間がかかります。数か月で目に見える変化が出なくても、続けることが大切です。

経営理念を見直すタイミング

経営理念は、一度作ったら変えてはいけないものではありません。次のようなときは、見直しを考える時期です。

  • 事業の継承や経営者の交代があった
  • 主な事業の内容や、お客様が大きく変わった
  • 会社の規模が大きくなり、理念が社員の実感と合わなくなった
  • 理念が社員にほとんど知られていない

白書では、約4割の企業が「事業の継承・経営者の交代」を機に経営理念・ビジョンを策定したとされています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。事業承継ガイドラインも、知的資産の例として、人材、技術、技能、知的財産、組織力、顧客とのネットワークなどとともに経営理念を挙げています(出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」)。事業を引き継ぐ際は、理念も引き継ぐ対象として整理しておくとよいでしょう。

見直すときは、経営戦略との整合性を確かめます。白書によると、経営理念・ビジョンを見直した企業の6割以上が、経営戦略との整合性を重視しています(出典:中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組」)。

上場会社には、理念の策定が原則として求められています。東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードは、次のように定めています。

上場会社は、自らが担う社会的な責任についての考え方を踏まえ、様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中長期的な企業価値向上を図るべきであり、こうした活動の基礎となる経営理念を策定すべきである。

出典:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」

中小企業がこのコードに従う必要はありません。ただし、さまざまなステークホルダーへの価値の創造に配慮し、その基礎として理念を置くという考え方は、会社の規模を問わず参考になります。

自社で作るか、外部の支援を使うかの判断基準

経営理念は、自社だけでも作れます。ただし、状況によっては外部の支援を使ったほうが進めやすいこともあります。判断の目安は次のとおりです。

状況進め方の目安
社員が少なく、経営者が全員と話せる自社で作る。社員と一緒に言葉を考える場を設ける
理念はあるが、浸透していないまず自社で浸透の取組を見直す。評価や採用とのつながりも点検する
採用・育成・評価がばらばらで、全体を見直したい経営と組織をまとめて見直す外部の支援も選択肢になる
事業承継や組織の急な拡大で、社内だけでは議論がまとまらない第三者が進行役を務める支援を検討する

外部の支援を使う場合も、言葉を決めるのは経営者と社員です。支援の範囲(理念づくりだけか、採用や育成まで扱うか)、費用の内訳、社内で用意する人員や時間の目安を、あらかじめ確かめておきます。

反対に、外部に頼らなくてよいのは、経営者が自分の言葉で理念を語れ、社員と話し合う時間を確保できる場合です。費用をかける前に、まずは手順1から3を自社で試してみると、何が足りないかが見えてきます。

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よくある質問

経営理念は、どれくらいの長さにすればよいですか?

決まった長さはありません。社員が覚えて、自分の言葉で説明できる長さが目安です。1文から3文程度にまとめ、詳しい内容はビジョンや行動指針で補う形にすると、伝わりやすくなります。

社員数が少ない会社でも、経営理念は必要ですか?

社員が少ないうちは、経営者が直接考えを伝えられるため、なくても困らないことがあります。ただし、社員が増えたり、事業を引き継いだりする段階では、言葉にしておくと判断の軸をそろえやすくなります。事業が小さいうちに作っておくと、採用の場面でも役立ちます。

経営理念を変えてもよいですか?

変えて構いません。事業の内容や経営者が変わったときなどは、見直す時期です。ただし、頻繁に変えると社員が混乱します。変える理由を説明し、残す部分と変える部分をはっきりさせてから進めてください。

経営理念とミッション・ビジョン・バリューは、どう違いますか?

一般に、ミッションは会社の使命、ビジョンは目指す将来の姿、バリューは大切にする価値観や行動の基準を指します。経営理念の中にこれらを含める会社もあれば、別々に定める会社もあります。自社の中で意味をそろえることが大切です。

参考資料