建物管理の仕事は、点検、修繕、清掃、入居者からの問い合わせ、オーナーへの報告と多岐にわたります。管理する建物が増えるほど、紙の台帳や電話、表計算ソフトでのやりくりは難しくなります。担当者が替わると、過去の修繕の経緯が分からなくなることもあります。この記事では、建物管理のDXを業務ごとに整理し、進め方とサービスを選ぶときの判断基準をまとめます。

建物管理のDXとは

経済産業省の「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月改訂)では、DXを次のように定義しています(出典:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」)。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

出典:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」

建物管理に置き換えると、建物ごとの情報をデータとしてためて共有し、点検や修繕、入居者対応の質と効率を上げていく取り組みと言えます。ツールを入れることが目的ではなく、管理の仕事の流れを変えることが目的です。

建物管理の主な業務

業務内容の例
点検日常点検、法定点検、設備の定期点検
修繕不具合の対応、計画的な修繕、工事業者の手配
清掃・設備運用日常清掃、定期清掃、設備の運転管理
入居者・利用者対応問い合わせ、要望、トラブルの受付と対応
報告オーナーや管理組合への報告書の作成
記録の保管図面、点検記録、修繕履歴、契約書の保管

これらの業務は互いにつながっています。点検で見つかった不具合が修繕になり、その経過がオーナーへの報告になります。情報が業務ごとにばらばらだと、このつながりが途切れます。

紙と電話の建物管理で起きやすい課題

多くの管理会社やオーナーが抱える課題は、次のようなものです。

情報が建物ごと・担当者ごとに散らばる

点検記録は紙のファイル、修繕の経緯は担当者のメール、入居者の要望は電話のメモ。情報の置き場所が分かれていると、必要なときに探すのに時間がかかります。

担当者の交代で経緯が分からなくなる

建物管理は長い期間にわたる仕事です。担当者が替わると、なぜその修繕をしたのか、どの業者に頼んだのか、入居者とどんなやり取りがあったのかが引き継がれないことがあります。

報告書の作成に時間がかかる

点検の写真を整理し、報告書に貼り付け、コメントを書く。こうした作業は、管理する建物が増えるほど負担になります。

入居者対応の状況が見えない

入居者からの問い合わせを電話で受け、担当者が個別に対応していると、対応の進み具合が組織として把握できません。対応漏れや、同じ内容の問い合わせが繰り返される原因になります。

協力会社とのやり取りが電話中心になる

清掃会社、設備業者、工事業者など、建物管理には多くの協力会社がかかわります。手配や報告のやり取りが電話中心だと、記録が残りにくくなります。

法定点検と記録管理の重要性

建物管理では、法令で定められた点検や報告もあります。主なものを整理します。

建物管理にかかわる法定点検と長期修繕計画の主なルールを示す表

建築基準法第12条では、政令で定める建築物や特定行政庁が指定する建築物の所有者(所有者と管理者が異なる場合は管理者)は、敷地、構造、建築設備について、定期に資格者に調査させ、その結果を特定行政庁に報告しなければならないとされています(出典:e-Gov法令検索「建築基準法」)。建築設備や防火設備などの検査と報告も、同じ条文に定められています(出典:e-Gov法令検索「建築基準法」)。

消防法では、消防用設備等の点検と報告が定められています。該当する条文は次のとおりです。

第十七条第一項の防火対象物(政令で定めるものを除く。)の関係者は、当該防火対象物における消防用設備等又は特殊消防用設備等(中略)について、総務省令で定めるところにより、定期に、(中略)その結果を消防長又は消防署長に報告しなければならない。

出典:e-Gov法令検索「消防法」

点検を消防設備士などの資格者に行わせるか、関係者が自ら行うかは、防火対象物の種類によって分かれます(出典:e-Gov法令検索「消防法」)。どちらの場合も、点検の時期と結果を記録し、報告の期限を守ることが管理の中心になります。

対象となる建物や点検の頻度は、建物の用途や規模、自治体の定めによって異なります。自社が管理する建物の対象と期限は、所管の行政庁や専門家に確認してください。

こうした法定点検は、期限の管理と記録の保管が欠かせません。建物の数が増えると、紙や表計算ソフトでは期限の見落としが起きやすくなります。デジタルで点検の予定と記録を管理することは、法令を守るうえでも意味があります。

マンションでは修繕の履歴が長期修繕計画の土台になる

国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインは、2021年9月の見直しで、既存マンションの計画期間を大規模修繕工事を2回含む30年以上に変更しました(出典:国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント」及び「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」の見直しについて)。2024年6月の改訂に関する資料では、5年程度ごとに調査・診断を行い、その結果に基づいて見直すことが必要とされています(出典:国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント 新旧対照表」)。計画をつくるときの材料については、次のように書かれています。

既存マンションの場合、保管されている設計図書のほか、修繕等の履歴、劣化状況等の調査・診断の結果等に基づいて行います。

出典:国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント 新旧対照表」

設計図書と修繕の履歴が、計画づくりの前提に置かれていることが分かります。建物ごとに履歴をデータでためておくことは、管理組合への説明の質にも直結します。

建物管理のDXで変わること

業務ごとに、デジタル化で何が変わるのかを整理します。

建物管理の業務ごとにデジタル化で変わることを示す図
業務これまでのやり方の例デジタル化した後の例
点検紙のチェックシートに記入し、事務所で転記するスマートフォンで入力し、写真とあわせてその場で保存する
点検の予定担当者の手帳や表計算ソフトで管理する建物ごとの点検予定を一覧にし、期限前に通知する
修繕電話で業者を手配し、経緯はメールや記憶に残る不具合の発見から完了までの経緯を建物ごとに記録する
入居者対応電話で受けて個別に対応する受付から完了までの状況を共有し、対応漏れを防ぐ
報告写真を整理して報告書を手作業で作る記録をもとに報告書をまとめやすくする
記録の保管紙のファイルを事務所の棚に保管する図面や履歴を建物ごとにクラウドで保管し、外出先でも見られる

すべてを一度に変える必要はありません。自社で一番時間がかかっている業務から始めるのが現実的です。

建物管理のDXを進める5つの手順

進め方は、小さく始めて広げるのが基本です。5つの手順を順に見ていきます。

建物管理のDXを進める手順を4段階で示す図
  1. 管理している建物と業務を一覧にする
  2. 一番困っている業務を1つ選ぶ
  3. 記録の項目と入力のルールを決める
  4. 一部の建物で試す
  5. 対象の建物と業務を広げる

1. 管理している建物と業務を一覧にする

建物ごとに、どんな点検があり、どの協力会社がかかわり、どんな記録があるかを書き出します。書き出すことで、情報の散らばり具合が見えてきます。

2. 一番困っている業務を1つ選ぶ

点検の記録と報告に時間がかかっているのか、入居者対応の漏れが多いのか、修繕の経緯が分からないのか。最も負担の大きい業務を1つ選びます。

3. 記録の項目と入力のルールを決める

建物名、設備、日付、内容、写真、対応者など、記録する項目をそろえます。誰が、いつ入力するかも決めます。ここが決まっていないと、どんな道具を使っても情報がそろいません。

4. 一部の建物で試す

まずは数棟の建物や、1つのチームで試します。現場の担当者や協力会社の声を聞きながら、ルールや設定を直していきます。

5. 対象の建物と業務を広げる

試してうまくいったら、ほかの建物や業務に広げます。紙と並行する期間を決め、切り替えることも大切です。

業務別に見るデジタル化のポイント

手順の中で、特に効果が出やすい業務について、もう少し具体的に見ていきます。

入居者対応は「状況」を管理する

入居者対応では、問い合わせの内容だけでなく、今どの段階にあるかを管理することが大切です。たとえば、次のような段階に分けて記録すると、組織として進み具合を把握できます。

段階記録しておくこと
受付日時、建物、部屋、問い合わせの内容、受けた人
確認現地確認の要否、確認した日と結果
手配依頼した協力会社、予定日
対応中作業の内容、入居者への連絡状況
完了完了日、費用、入居者への完了報告

段階ごとに担当と期限を決めておくと、対応が止まっている案件に早く気づけます。同じ入居者から繰り返し問い合わせがある場合も、過去の経緯を見て一貫した対応ができます。

協力会社とのやり取りを記録に残す

修繕や清掃の手配では、依頼の内容、見積もり、作業日、完了報告といったやり取りが発生します。これを電話だけで進めると、後から経緯をたどれません。依頼と報告を同じ場所に記録する形にすると、担当者が替わっても経緯が分かります。協力会社に写真つきで完了報告をしてもらえれば、報告書づくりの手間も減らせます。

修繕の履歴を計画に生かす

建物ごとの修繕の履歴がたまってくると、どの設備がいつ頃不具合を起こしやすいかが見えてきます。こうした記録は、計画的な修繕の時期や費用を考える材料になります。マンションであれば、長期修繕計画の見直しを管理組合と話し合う際の根拠としても使えます。ガイドラインも、修繕等の履歴を計画づくりの材料に挙げています(出典:国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント 新旧対照表」)。

クラウドサービスを使うかの判断基準

建物管理の業務をまとめて扱えるクラウドサービスもあります。建物管理をデジタル化するクラウドサービスのように、建物の点検や修繕、入居者対応などの管理業務を、クラウドでまとめて管理できるものです。導入するかどうかは、次の観点で判断します。

導入を検討したほうがよいケース

  • 管理する建物が多く、点検や修繕の状況を一覧で把握できていない
  • 担当者の交代のたびに、引き継ぎで苦労している
  • 報告書の作成に、毎月まとまった時間がかかっている
  • 入居者対応の進み具合が組織として見えていない
  • 外出先から建物の図面や履歴を確認したい場面が多い

急いで導入しなくてもよいケース

  • 管理する建物が少なく、担当者が全体を把握できている
  • 記録の項目や入力のルールがまだ決まっていない
  • 協力会社や現場の担当者がスマートフォンを使う環境がない

ルールが決まっていない段階では、表計算ソフトや共有フォルダで記録の形をそろえるところから始める方法もあります。形が決まってからサービスを選ぶと、自社に合うかどうかを判断しやすくなります。

選ぶときのチェックリスト

  • 自社が管理する建物の種類(ビル、マンションなど)に合っているか
  • 点検、修繕、入居者対応、報告のうち、必要な業務を扱えるか
  • 建物ごとに図面や履歴をまとめて保管できるか
  • 点検の期限を通知する仕組みがあるか
  • 現場の担当者がスマートフォンで使いやすいか
  • 協力会社にも共有できるか。その範囲と費用はどうか
  • オーナーや管理組合への報告に使いやすいか
  • 今の紙や表計算ソフトのデータを移せるか
  • 入居者の個人情報を扱う場合、閲覧できる人の範囲を設定できるか
  • 導入時の支援と問い合わせ窓口があるか

費用の考え方

費用は、管理する建物の数、利用する人数、使う機能によって変わります。クラウドサービスでは、利用人数や建物数に応じた月額料金の形が見られますが、料金の決め方はサービスごとに異なります。正確な金額は、建物数と必要な機能を伝えたうえで、見積もりで確認してください。

効果を考えるときは、今の作業にかかっている時間を数えると判断しやすくなります。点検記録の転記、報告書の作成、過去の経緯を探す時間、入居者対応の確認の電話。こうした時間がどれだけ減るかと、月額費用を比べます。

入居者の情報を扱うときの注意

建物管理では、入居者の氏名や連絡先、要望の内容など、個人情報を扱うことが多くあります。デジタルで管理する場合は、個人情報保護法に沿った取り扱いが必要です。同法は、個人データの漏えいなどを防ぐための安全管理措置を講じることを事業者に求めています(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。利用目的の特定と通知・公表、閲覧できる人の制限なども確認してください。

協力会社と情報を共有するときも、作業に必要な範囲に限ることが基本です。業務を委託して個人データを渡す場合は、委託先を必要かつ適切に監督することも求められます(出典:e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」)。詳しくは個人情報保護委員会のガイドラインを確認してください(出典:個人情報保護委員会「法令・ガイドライン等」)。

クラウドサービスを使うときの確認事項は、IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」の付録「中小企業のためのクラウドサービス安全利用の手引き」が参考になります(出典:IPA(情報処理推進機構)「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」)。

進めるための社内の体制

建物管理のDXは、事務所の担当者、現場の点検担当者、協力会社と、多くの人がかかわります。進める前に、社内の体制を決めておきます。

  • 推進役を1人決める。現場と事務所の両方の事情が分かる人が向いている
  • 試す建物と期間、うまくいったかどうかの基準を決める
  • 現場の担当者からの質問に答える窓口を決める
  • 月に1回など、進み具合と困りごとを話し合う場を設ける

推進役には、ほかの業務を少し減らしてでも時間を確保します。片手間で進めると、日々の業務に押されて止まりがちです。

建物管理のDXでよくある失敗

  • 機能の多いサービスを選び、現場で使う機能が埋もれた
  • 記録の項目をそろえないまま始め、建物ごとに書き方がばらばらになった
  • 紙の点検表と並行し続け、二重の手間になった
  • 協力会社への説明をせず、結局電話でのやり取りが残った
  • 過去の資料の移行に手が回らず、新旧の情報が分かれたままになった

特に過去の資料の扱いは、早めに方針を決めておきます。すべてを移す必要はありません。図面や直近の修繕履歴など、よく使うものから優先して移すと負担を抑えられます。

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この記事のチェックリストを手元に置きながら、資料で確認してみてください。

こんな課題があれば

  • 点検や修繕の記録が紙や表計算ファイルに分かれ、必要なときに探せない
  • 入居者からの問い合わせ対応の経緯が、担当者にしか分からない
  • 複数の建物を管理していて、点検の予定や期限の漏れが心配になっている

掲載サービスでできること

  • 建物ごとの情報をまとめて管理できる:点検の記録、修繕の履歴、設備の情報などを建物ごとに一か所にまとめられます。担当が変わっても、過去の経緯を確認できます。
  • 点検や修繕の予定を共有できる:点検の予定や修繕の進み具合を、関係者で同じ画面から確認できます。予定の通知などの機能は製品によって違うため、資料で確認してください。
  • 入居者対応の記録を残せる:問い合わせの内容と対応の状況を記録できます。誰がどこまで対応したかが分かるので、引き継ぎがしやすくなります。

資料で確かめたいこと

  • 管理している建物の種類や数に合った料金体系か
  • いまの紙や表計算ファイルのデータを移せるか
  • 現場の担当者がスマートフォンやタブレットで使えるか
  • 会計や入居者管理など、ほかのシステムと連携できるか
  • 導入時の設定やデータ移行を手伝ってもらえるか

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よくある質問

Q. 管理する建物が少なくても、DXに取り組む意味はありますか?

A. 建物が少なくても、記録の形をそろえ、建物ごとに情報をまとめておくことには意味があります。担当者が替わったときの引き継ぎが楽になるからです。ただし、サービスの導入を急ぐ必要はありません。表計算ソフトや共有フォルダで始めることもできます。

Q. 年配の点検担当者でも使えますか?

A. 使う機能を絞り、入力の項目を少なくすることで負担を減らせます。導入前に実際の担当者に試してもらい、操作の分かりやすさを確認することが大切です。

Q. 過去の紙の資料はすべてデータにする必要がありますか?

A. すべてを移す必要はありません。図面、直近の点検記録、修繕履歴など、よく使うものから優先します。古い資料は、必要になったときに取り出せるよう保管場所を記録しておく方法もあります。

Q. オーナーへの報告もデジタルにできますか?

A. サービスによっては、記録した点検や修繕の内容をもとに報告をまとめやすくする機能があります。オーナーが紙の報告を希望する場合もあるため、相手の希望も確認したうえで進めてください。

Q. 導入までにどのくらいの期間がかかりますか?

A. 管理する建物の数や、移す資料の量によって大きく異なります。一部の建物で試し、ルールを固めてから広げる進め方では、数か月かけて段階的に移行するのが一般的です。

参考資料