上司の評価だけでは、部下の働きぶりが見えきらない。評価に納得していない社員がいる。こうした悩みから、360度評価に関心を持つ会社が増えています。一方で、「人間関係が悪くなるのでは」「手間がかかりすぎるのでは」という心配の声もよく聞かれます。

この記事では、360度評価のメリットとデメリットを整理したうえで、育成に使うか処遇に使うかの判断、導入の流れ、評価項目の例、運用の注意点をまとめます。360度評価が向いていないケースや、導入の前に自社でできることも紹介します。

360度評価とは|上司以外の視点も集める評価の方法

360度評価は、上司だけでなく、同僚や部下、場合によっては他部署の社員など、ふだん一緒に働いている複数の人から評価を集める方法です。多面評価とも呼ばれます。本人による自己評価と、周りからの評価を並べて見ることで、自分では気づきにくい強みや課題が分かります。

民間企業だけでなく、公務の職場でも取り入れられています。内閣人事局の有識者検討会の報告書では、各府省の取組として次のように紹介されています。

管理職に対する 360 度評価・多面観察の積極的な実施を通じた能力開発・育成等の取組が見られた。

出典:内閣人事局「人事評価の改善に向けた有識者検討会報告書」(令和3年3月)

この報告書で360度評価が「能力開発・育成」と結びつけて書かれている点は、民間企業にとっても参考になります。360度評価は、点数をつけて順位を決める道具というより、本人の気づきを促し、育成につなげる道具として使うと効果が出やすい方法です。報告書は、多面観察の実施を人材育成に有効な手法の一つとしても挙げています(出典:内閣人事局「人事評価の改善に向けた有識者検討会報告書」)。

360度評価が注目される背景には、人材を育てることを経営の中心に置く考え方の広がりもあります。経済産業省は、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方を「人的資本経営」と説明し、2022年5月に人材版伊藤レポート2.0を公表しています(出典:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」)。

360度評価のメリット

360度評価の主なメリットは、次の5つです。

上司だけでは見えない行動が分かる

上司が部下の仕事ぶりをすべて見ているとは限りません。営業先での対応、チーム内での助け合い、後輩への教え方などは、同僚や部下のほうがよく知っていることがあります。複数の視点を集めると、評価の材料が増えます。

本人が自分の強みと課題に気づける

自己評価と周りからの評価を比べると、ずれが見えます。自分では得意だと思っていたことが周りには伝わっていない、逆に自分では意識していなかった行動が評価されている、といった気づきが、行動を変えるきっかけになります。

管理職が部下からの見え方を知れる

管理職にとって、部下が自分の指導をどう受け止めているかは、ふだんなかなか聞けません。部下からの評価を集めることで、方針の伝え方や相談のしやすさなど、マネジメントの改善点が見えてきます。

評価への納得感が高まりやすい

上司一人の評価だと、「上司と相性が悪いから低い」と受け止められることがあります。複数の人の評価がそろっていれば、本人も結果を受け止めやすくなります。

職場の課題が見えやすくなる

個人の結果をまとめて見ると、部署全体で情報共有が弱い、相談しにくい雰囲気がある、といった職場の傾向が分かることがあります。個人の育成だけでなく、組織の改善の材料にもなります。

社員が働きがいを持って働ける環境づくりは、国の分析でも取り上げられているテーマです。厚生労働省の「令和元年版 労働経済の分析」は、第Ⅱ部第3章を「『働きがい』をもって働くことのできる環境の実現に向けて」とし、ワーク・エンゲイジメントに着目して働きがいの現状や課題を分析しています(出典:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」)。360度評価で集めた職場の声は、こうした働きやすさの課題を見つける手がかりにもなります。

360度評価のデメリットと対策

メリットがある一方で、360度評価にはデメリットもあります。多くは、目的と運用の決め方で小さくできます。

360度評価の主なメリットとデメリットを5つずつ並べて比べた表

評価者と人事の手間が増える

一人を数名が評価するため、全体の回答の数は大きく増えます。評価項目が多すぎると、回答する社員の負担になり、いい加減な回答も増えます。項目は観察できる行動に絞り、最初は対象者を管理職などに限ると負担を抑えられます。

好き嫌いや人間関係が入りやすい

評価者が、相手との相性や好き嫌いで点数をつけてしまうことがあります。評価の基準を具体的な行動で示し、評価者向けに「何を見て、どう判断するか」を説明しておくことが対策になります。

上司が部下の評価を気にして、指導が甘くなる

部下からの評価が処遇に直結すると、上司が嫌われないように厳しい指導を避けることがあります。部下からの評価は育成のための参考にとどめ、賞与や昇格の決定には直接使わないといった線引きが有効です。

評価に慣れていない人は判断がぶれる

ふだん人を評価する立場にない社員は、何を基準にすればよいか迷います。短い説明会や記入例を用意し、点数だけでなく「具体的にどの場面でそう感じたか」を書いてもらうと、ぶれを減らせます。

伝え方を誤ると意欲が下がる

厳しいコメントをそのまま本人に渡すと、強く落ち込んだり、誰が書いたのかを探そうとしたりすることがあります。結果は上司や人事が整理し、面談で次の行動とあわせて伝えるようにします。

育成に使うか、処遇に使うか|最初に決めるべきこと

360度評価の失敗で多いのは、目的があいまいなまま始めることです。特に、結果を本人の育成だけに使うのか、賞与や昇格などの処遇にも使うのかで、設計が大きく変わります。

比べる点育成に使う処遇にも使う
主な目的本人の気づきと行動の改善評価の公平さを高め、処遇の判断材料にする
回答の正直さ率直な意見が集まりやすい遠慮や、意図的な高評価・低評価が入りやすい
結果の開示本人に詳しく返し、面談で活かす点数の扱い、開示の範囲を細かく決める必要がある
始めやすさ小さく始めやすい評価制度全体との整合を取る必要がある

初めて導入する会社では、まず育成の目的で始め、運用に慣れてから処遇への活用を検討するほうが安全です。処遇に使う場合も、上司の評価を中心にし、360度評価は参考の一つにとどめる形が多く見られます。

どちらの目的でも、結果を本人に返すことが欠かせません。内閣人事局の報告書は、人事評価の運用について次のように書いています。

職員一人一人の強み・弱みを把握し、人事評価記録書に明確に記載した上で期首・期末面談の実施を徹底し、面談の場等を通じてその評価の内容を示し、具体的なフィードバックを行うことにより成長を支援する。

出典:内閣人事局「人事評価の改善に向けた有識者検討会報告書」(令和3年3月)

これは公務の人事評価全体についての記述ですが、360度評価にもそのまま当てはまります。評価を集めて終わりにせず、面談で具体的に伝え、次の行動を一緒に考える。この流れを作れるかどうかが、360度評価の効果を左右します。

360度評価の導入の流れ|6つのステップ

導入は、いきなり全社で始めるより、対象を絞って試し、振り返りながら広げるほうが失敗しにくくなります。

360度評価の導入の流れを、目的を決める、対象者と評価者を決める、評価項目を作る、説明と評価者の準備、実施と集計、フィードバックと振り返りの6段階で示した図

ステップ1:目的を決める

育成に使うのか、処遇にも使うのかを決めます。管理職のマネジメントを改善したい、若手の成長を早めたいなど、具体的な目的まで書き出しておくと、項目や対象者を決めやすくなります。

ステップ2:対象者と評価者を決める

最初は管理職だけ、あるいは一つの部署だけなど、対象を絞ります。評価者は、対象者の仕事ぶりを実際に見ている人から選びます。評価者が少なすぎると誰が書いたか分かりやすくなるため、人数にも気を配ります。

ステップ3:評価項目を作る

会社が社員に求める行動に沿って、観察できる項目を作ります。項目づくりには、厚生労働省の職業能力評価基準も参考になります。

厚生労働省は、職業能力評価基準を、仕事をこなすために必要な知識と技術・技能に加えて、成果につながる職務行動例を業種別、職種・職務別に整理したものと説明しています。人材育成や採用、人事評価などで活用できるとされています(出典:厚生労働省「職業能力評価基準」)。自社の職種に近い基準があれば、行動の書き方の見本として使えます。

ステップ4:説明と評価者の準備

対象者と評価者の全員に、目的、回答の匿名性、結果の使い方を説明します。評価者には、記入例や判断の基準を示します。ここを省くと、「査定のための密告では」といった誤解が生まれ、率直な回答が集まりません。

ステップ5:実施と集計

回答の期間を決めて実施します。集計では、誰が書いたかが分からない形にまとめます。評価者が少ない立場の評価は、ほかの立場とまとめて示すなどの工夫も必要です。

ステップ6:フィードバックと振り返り

上司や人事が結果を整理し、面談で本人に伝えます。強みを先に伝え、課題は具体的な行動に置き換えて、次の期間に取り組むことを一緒に決めます。実施後は、評価者と対象者の両方から感想を集め、項目や進め方を直します。

評価項目の例

評価項目は、評価する人の立場によって見えるものが違います。その行動を実際に見ている立場の人に聞くのが基本です。

360度評価の評価項目の例を、上司から見る項目、同僚から見る項目、部下から見る項目の3つに分けて示した図
  • 上司から見る項目:目標に向けた計画、期限の管理、報告と相談のタイミング
  • 同僚から見る項目:情報の共有、ほかの人への手助け、約束を守ること
  • 部下から見る項目:方針の伝え方、相談のしやすさ、公平な扱い、仕事の任せ方

「協調性がある」「リーダーシップがある」のような性格や印象を聞く項目は、評価者によって受け止め方が分かれます。「会議で決まったことを、関係者にその日のうちに共有している」のように、具体的な行動の形で書くと、評価のぶれが小さくなります。

行動の形で項目を書くときは、先に紹介した職業能力評価基準の「成果につながる職務行動例」の書き方が参考になります。業種別、職種・職務別に整理されているため、自社の仕事に近いものを選び、言葉を自社に合わせて直して使えます(出典:厚生労働省「職業能力評価基準」)。

運用の注意点|匿名性・個人情報・ハラスメント

評価の情報は個人情報として扱う

360度評価の結果やコメントは、社員一人ひとりについての評価の情報です。個人情報保護委員会のガイドラインは、個人情報には、個人の属性について事実、判断、評価を表す情報が含まれ、評価情報も含まれると説明しています(出典:個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」)。結果を見られる人を限り、保存と管理の方法を決めておきます。

匿名のコメントがハラスメントにならないようにする

匿名で書けるからこそ、人格を否定するような言葉や、事実に基づかない悪口が書かれることがあります。厚生労働省の指針は、職場のパワーハラスメントを、優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもので、3つの要素をすべて満たすものと定めています(出典:厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)。

この指針では、優越的な関係には上司からの言動だけでなく、同僚や部下からの集団による行為で、抵抗や拒絶が難しいものも含まれるとされています(出典:厚生労働省「パワーハラスメントに関する指針」)。360度評価のコメントがすぐにハラスメントにあたるわけではありませんが、評価の場が攻撃の手段にならないよう、ガイドラインで禁止する書き方を示し、人事が内容を確かめてから本人に返す運用にしておくと安心です。

なお、パワーハラスメントの防止のための措置は、2022年4月から中小企業の事業主にも義務になっています(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。360度評価を導入するときは、相談窓口などハラスメント対策の仕組みとあわせて点検しておきます。

匿名性を守る

評価者が誰か分かってしまうと、率直な回答は集まりません。少人数の部署では、評価者の数が少ないため特定されやすくなります。立場ごとの結果を一定の人数がそろったときだけ示す、コメントの言い回しを人事が整える、といった工夫をします。

360度評価が向いている会社・向いていない会社

360度評価は、どの会社にも合うわけではありません。次の点を目安に、導入するかどうかを判断します。

  • 向いている:管理職のマネジメントを改善したい、チームで動く仕事が多い、上司が部下の仕事を見る機会が少ない
  • 向いている:評価の結果を面談で伝え、育成につなげる時間を取れる
  • 向いていない:そもそも評価の基準や制度が決まっていない
  • 向いていない:社員が数名しかおらず、匿名性を保てない
  • 向いていない:職場の人間関係がすでに悪化していて、評価が攻撃に使われるおそれが高い

評価の基準が決まっていない会社では、360度評価を入れる前に、人事評価制度そのものを整えるほうが先です。何を評価するのかが決まっていないと、周りからの評価を集めても、何に活かせばよいかが分かりません。評価の基準づくりから運用の定着までを扱う中小企業向けの人事評価制度づくりの支援のように、制度の土台から相談できるサービスもあります。

自社でできることもあります。まずは管理職数名を対象に、5〜10問ほどの短いアンケートで試し、面談で結果を伝えるところまでやってみる方法です。小さく試すと、どの項目が役に立つか、社員がどう受け止めるかが分かり、本格的な導入の判断材料になります。

外部のツールや支援を使う場合の費用は、対象者の人数、評価項目を自社用に作るかどうか、集計や面談の支援を含めるかどうかで変わります。一律の相場はないため、条件をそろえて見積もりを比べます。

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よくある質問

360度評価の評価者は、何人くらいが適切ですか?

決まった人数はありません。対象者の仕事ぶりを実際に見ている人から選び、誰が書いたか分からなくならない程度の人数をそろえるのが基本です。評価者が多すぎると負担が増えるため、対象者の働き方に合わせて決めます。

360度評価の結果を、賞与や昇格に使ってもよいですか?

使うことはできますが、回答に遠慮や意図的な点数が入りやすくなります。初めて導入する場合は、育成の目的で始め、運用に慣れてから処遇への活用を検討するほうが安全です。使う場合は、評価制度全体の中での位置づけと、結果の開示の範囲を事前に決めて説明しておきます。

どのくらいの頻度で行えばよいですか?

回答の負担と、行動が変わるまでの期間を考えると、毎月のように行うのは負担が大きくなります。人事評価の時期に合わせて行う、育成の取り組みの前後で行うなど、結果を振り返って行動を変える時間が取れる間隔で決めます。

小さな会社でも360度評価はできますか?

できますが、社員が少ないと評価者が特定されやすくなります。少人数の会社では、匿名の評価より、上司と本人の面談の中で周りからの声を伝える方法や、職場全体についての無記名のアンケートから始める方法も考えられます。

参考資料