海外の企業と取引を始めると、英語などの外国語で書かれた契約書を読んだり、日本語の契約書を外国語に訳したりする場面が出てきます。

契約書の翻訳は、普通の文書の翻訳とは注意すべき点が違います。1語の訳し方で、誰がどんな義務を負うかが変わってしまうことがあるためです。

この記事では、契約書を翻訳するときの注意点を10項目に整理しました。どの言語の契約書を正本にするか、用語の統一、機密情報の扱い、AI翻訳の使いどころ、翻訳を依頼する手順とチェックリストまで、順に解説します。

契約書の翻訳が一般の翻訳と違う理由

契約書は、当事者の権利と義務を決める文書です。読みやすさよりも、解釈が1つに定まることが優先されます。

日本の民法では、契約は申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立するとされ、書面の作成などの方式は原則として求められていません(出典:e-Gov法令検索「民法」第522条)。つまり、契約書は契約の内容を証拠として残すためのものであり、何が書かれているかが後の争いで重要になります。

翻訳でずれが生じると、次のような問題が起こり得ます。

  • 支払期限や納期が、日本語版と外国語版で違う
  • 一方の版では「義務」、もう一方では「努力目標」のように読める
  • 責任の上限や免責の範囲が、版によって異なる
  • 契約書に付いている別紙や定義が、片方にしか訳されていない

このようなずれは、トラブルが起きたときにどちらの解釈が正しいかの争いにつながります。契約書の翻訳では、意味を伝えることに加えて、両方の版で解釈が一致しているかを確かめる作業が欠かせません。

比較項目一般的なビジネス文書契約書
優先すること読みやすさ、伝わりやすさ解釈が1つに定まること
言い換え自然な表現への言い換えも可同じ語は同じ訳語で統一する
訳抜けの影響意味が伝わりにくくなる権利や義務が抜け落ちる
確認する人担当者担当者に加え、法務や専門家

契約書翻訳の注意点10選

ここからは、契約書を翻訳するときに確認しておきたい10の注意点を順に解説します。

注意点1:どちらの言語を正本にするか決める

複数の言語で契約書を作る場合、最初に決めておきたいのが、どの言語の版を正本(正式な版)にするかです。

契約書を複数の言語で作るときの正本の決め方3パターンと注意点をまとめた表
パターン内容注意点
外国語版のみを正本にする日本語訳は社内の参考訳として扱う参考訳の誤りは契約上の根拠にならない
日本語版のみを正本にする外国語訳は相手方の参考訳として扱う相手方が内容を正しく理解しているか確認する
両方を正本にするどちらの版も同じ効力を持つ食い違ったときにどう解釈するかで争いになりやすい

複数の版を作る場合は、契約書の中に「どの言語の版が優先するか」を定める条項(言語条項)を入れておくのが一般的です。両方を正本にする場合でも、食い違ったときの扱いを決めておくと、争いを減らせます。

社内で読むための日本語訳を作る場合は、それが参考訳であることを社内で共有しておきます。参考訳だけを読んで判断し、正本の内容と違っていた、という事態を防ぐためです。

注意点2:準拠法と紛争解決の方法を確認する

国をまたぐ契約では、どの国の法律で契約を解釈するか(準拠法)も重要です。日本の法律では、当事者が準拠法を選べることが定められています。

法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。

出典:e-Gov法令検索「法の適用に関する通則法」第7条

この条文のとおり、契約の成立や効力は、当事者が選んだ国の法律で判断されます。準拠法が外国法の場合、日本語に訳した契約書を日本の法律の感覚で読むと、意味を取り違えるおそれがあります。

また、日本の裁判所では日本語を用いると定められています(出典:e-Gov法令検索「裁判所法」第74条)。外国語の契約書をめぐって日本で争う場合には、日本語の訳文が必要になる場面があります。紛争解決の場所と方法(裁判か仲裁か、どこで行うか)も、翻訳の前に確認しておきたい項目です。

注意点3:訳文の位置づけをはっきりさせる

翻訳した契約書が、正本なのか参考訳なのかによって、求められる正確さと確認の手間が変わります。

法令の翻訳でも、翻訳はあくまで理解を助けるためのものとされています。法務省が運営する法令翻訳のデータベースには、次の注意書きがあります。

法的効力を有するのは日本語の法令自体であり、翻訳はあくまでその理解を助けるための参考資料です。

出典:法務省「日本法令外国語訳データベースシステム」

契約書の参考訳も同じ考え方です。参考訳で内容を理解したうえで、重要な判断は正本の文言で確かめる、という順番を守ります。参考訳には「参考訳」「正本ではない」と明記しておくと、社内での取り違えを防げます。

注意点4:定義語と用語を統一する

契約書では、冒頭の定義条項で「本製品」「本サービス」「秘密情報」などの言葉の意味を決めます。翻訳でも、定義した語は契約書全体で同じ訳語を使います。

同じ英語に別々の訳語を当てると、別の意味だと読まれるおそれがあります。訳語の一覧(用語集)を最初に作り、翻訳者と確認者で共有しておくと、ぶれを防げます。

法律用語の訳し方に迷ったときは、日本の法令の外国語訳を調べられる法務省のデータベースも参考になります(出典:法務省「日本法令外国語訳データベースシステム」)。ただし、法令の訳語がそのまま個別の契約に合うとは限らないため、文脈に合わせて判断します。

注意点5:権利と義務の表現を正確に訳す

英文契約では、「shall」「may」「will」などの言葉で、義務なのか、権利なのか、予定なのかを書き分けます。

日本語に訳すときに、義務を「〜する」とだけ訳すと、義務なのか単なる説明なのかがあいまいになります。逆に、日本語の契約書を外国語に訳すときも、「〜するものとする」「〜できる」「〜するよう努める」の違いを訳し分ける必要があります。

特に「努める」と訳されがちな表現は、義務の強さが国や業界の慣行で変わることがあります。どの程度の義務を負うのかを、条文ごとに確かめてください。

注意点6:数字・日付・金額・期限を照合する

数字の誤りは、訳文の読みやすさとは関係なく、そのまま損失につながります。

  • 金額と通貨の単位(円、ドル、ユーロなど)
  • 日付の書き方(年月日の順番は国によって異なる)
  • 「〜日以内」「〜日前まで」などの期限の数え方
  • 営業日と暦日の区別
  • 小数点と桁区切りの記号の違い

翻訳の後には、原文と訳文の数字を1つずつ照合する作業を入れます。数字だけを抜き出して並べて比べると、見落としを減らせます。

注意点7:訳抜けと条番号のずれを確認する

長い契約書では、1文や1項目がまるごと抜けてしまうことがあります。条番号や項番号がずれると、ほかの条文から参照している箇所の意味も変わります。

条ごとに原文と訳文を左右に並べた対訳表を作ると、抜けやずれに気づきやすくなります。別紙、添付資料、署名欄、日付欄まで、訳す範囲に含めるかどうかも決めておきます。

注意点8:機密情報と個人情報の扱いに気をつける

契約書には、取引条件や技術情報など、外に出したくない情報が多く含まれます。

経済産業省は、不正競争防止法上の営業秘密について、「有用性」「秘密管理性」「非公知性」の3つの要件を満たす情報と説明しています(出典:経済産業省「営業秘密〜営業秘密を守り活用する〜」)。秘密として管理していることが要件の一つであるため、契約書を外部のサービスに入力するときの扱いにも注意が必要です(出典:e-Gov法令検索「不正競争防止法」)。

個人情報が含まれる場合は、さらに注意が要ります。個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合、利用目的の範囲内かを確認することや、入力したデータが機械学習に利用されないことなどを確認するよう注意を呼びかけています(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」)。

翻訳ツールや翻訳会社を使う前に、入力したデータの保存や学習への利用の有無、秘密保持契約の締結を確認してください。

注意点9:AI翻訳だけで済ませない

AI翻訳は、契約書の大まかな内容をつかむ下訳には役立ちます。一方で、訳抜けや、もっともらしい誤訳が起こることがあり、それに気づくには原文と照らし合わせる作業が必要です。

AI翻訳を使う場合は、次のような使い分けが現実的です。

  • 内容の把握や社内での検討用:AI翻訳で下訳を作り、重要な条文だけを人が確認する
  • 署名する正本や、相手方に渡す訳文:人の翻訳者による翻訳、またはAI翻訳の結果を専門の翻訳者が全文チェックする
  • 金額が大きい契約や、紛争の可能性がある契約:法務の担当者や弁護士の確認も加える

注意点10:署名・保管する文書の扱いを確認する

訳文を契約書として署名する場合は、印紙税の扱いにも注意します。課税文書に当たるかどうかは、文書の名称ではなく、記載されている内容で判断されます(出典:国税庁「No.7100 課税文書に該当するかどうかの判断」)。参考訳として保管するだけなのか、署名して契約書として扱うのかで扱いが変わることがあるため、判断に迷う場合は税務署や税理士に確認してください。

また、海外の役所などに日本の公文書を提出する場合は、外務省による公印確認やアポスティーユが必要になることがあります(出典:外務省「公印確認・アポスティーユとは」)。提出先が求める翻訳の形式や証明の有無は、事前に提出先に確認しておきます。

契約書の種類ごとに確認したい点

同じ契約書の翻訳でも、契約の種類によって特に注意したい条文が変わります。翻訳の後に重点的に確認する箇所の目安として、次の表を参考にしてください。

契約の種類重点的に確認したい条文翻訳で起こりやすいずれ
秘密保持契約秘密情報の定義、目的外利用の禁止、有効期間秘密情報の範囲が広く、または狭く訳される
売買契約・取引基本契約価格、支払条件、引渡し、検査、所有権と危険の移転引渡しの時期や場所、検査の期限の取り違え
業務委託契約業務の範囲、成果物、報酬、再委託、知的財産成果物の権利が誰に帰属するかがあいまいになる
ライセンス契約許諾の範囲、地域、期間、対価、改変の可否独占か非独占か、再許諾の可否の取り違え
販売店・代理店契約販売地域、独占の有無、最低購入数量、解約条件解約の条件や予告期間の数え方のずれ

どの契約でも共通して確認したいのは、契約期間、解除の条件、損害賠償の範囲と上限、準拠法と紛争解決の条文です。これらは、トラブルが起きたときに最初に読まれる条文です。

契約書翻訳を依頼するときの進め方

社外に翻訳を依頼する場合は、次の流れで進めると、手戻りを減らせます。

契約書翻訳を依頼するときの4つの手順を示す図

1. 目的と訳文の位置づけを決める

参考訳なのか、署名する正本なのか、相手方に渡すのかを決めます。位置づけによって、求める品質と確認の手間が変わります。

2. 資料をそろえて見積もりを取る

原文、別紙、過去の関連する契約書、用語集をそろえます。納期と、翻訳のみかチェックまで含むかを伝えて見積もりを取ります。秘密保持契約は、資料を渡す前に結んでおきます。

3. 用語を確認しながら翻訳する

定義語、当事者名、製品名などの訳語を、最初に翻訳者とすり合わせます。途中で出てきた疑問点は、まとめて確認します。

4. 社内で確認して確定する

納品された訳文を、契約の担当者と法務の担当者が確認します。数字、期限、権利と義務の表現は、原文と照合します。

費用は、文字数や語数、言語、専門性、納期、チェックの有無で変わります。全文を翻訳する方法のほかに、AI翻訳で作った訳文を専門の翻訳者が確認する方法もあり、全文を訳すよりも費用を抑えられる場合があります。どちらが合うかは、契約書の重要度と量で判断してください。

AI翻訳・社内翻訳・専門家の使い分け

翻訳の方法には、それぞれ向き不向きがあります。

方法向くケース注意点
AI翻訳のみ内容の把握、社内検討用の下訳訳抜けや誤訳に気づきにくい。入力する情報の扱いに注意
社内の語学担当者定型的で短い契約書、継続取引の更新担当者の負担と、確認する人の不在
AI翻訳+専門家のチェック量が多く、一定の正確さが必要な契約書チェックの範囲と責任を事前に決める
専門家による全文翻訳署名する正本、金額が大きい契約費用と納期がかかる

AI翻訳を使った訳文のチェックや、多言語の翻訳を相談したい場合は、AI翻訳のチェックとプロ翻訳のサービスのように、AI翻訳の誤訳や訳抜けをプロの翻訳者が確認するサービスもあります。英語以外の言語の契約書を扱う企業は、対応言語もあわせて確認してください。

翻訳を外部に依頼しなくてよいケース

次のような場合は、社内での対応や、AI翻訳による把握で足りることもあります。

  • 相手方が日本語版を正本とすることに同意しており、外国語版は相手方が自ら用意する
  • ひな形が決まっていて、過去に確認済みの訳文を使い回せる
  • 内容を大まかにつかむだけで、契約の判断には使わない

ただし、取引の金額や条件が大きく変わる契約では、過去の訳文の流用に頼らず、改めて確認することをおすすめします。

契約書を翻訳する前のチェックリスト

翻訳を始める前、または依頼する前に、次の項目を確認しておきましょう。

契約書を翻訳する前に確認したい8つの項目をまとめたチェックリスト
  • 訳文が正本か参考訳かを決めた
  • 言語条項で、どの言語の版が優先するかを確認した
  • 準拠法と紛争解決の方法を確認した
  • 定義語と当事者名の訳語を一覧にした
  • 金額、通貨、日付、期限を原文と照合する担当者を決めた
  • 別紙や添付資料を訳す範囲に含めるか決めた
  • 翻訳ツールや翻訳会社での情報の扱いを確認した
  • 秘密保持契約を結んだ
  • 納品後に法務や専門家が確認する体制を決めた

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よくある質問

英文契約書の日本語訳に署名しても問題ありませんか?

どの版を正本にするかを、当事者間で決めておくことが前提です。

日本語訳にも署名する場合は、言語条項でどちらが優先するかを定めておかないと、食い違ったときに争いになりやすくなります。

契約書の翻訳に資格は必要ですか?

契約書の翻訳そのものに、特定の資格は求められていません。

ただし、契約の内容について法的な助言を受けたい場合は、弁護士に相談してください。翻訳者の役割は、原文の意味を正確に訳すことです。

AI翻訳で訳した契約書を相手に渡してもよいですか?

AI翻訳の結果をそのまま渡すことはおすすめしません。訳抜けや誤訳があると、相手方との認識のずれにつながります。

相手に渡す訳文は、専門の翻訳者が確認したものを使ってください。AI翻訳を使う場合も、個人情報や機密情報の扱いを確認してから入力します(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」)。

翻訳の納期はどのくらい見ておけばよいですか?

文字数、言語、専門性、チェックの有無で変わります。

署名の日程から逆算し、社内の確認や修正にかかる時間も含めて、余裕を持って依頼してください。

参考資料